鍛金作家 三木瑛子

 


202410/30 鍛金作家 三木瑛子さんインタビュー 

                               市川真間 アンティークサラにて。

「手、荒れるんですよね・・・。汚れを取るのにたくさん手を洗いますし、制作過程で薬品もよく使うので。そして芸術は手から産まれるものですよね」

(鍛金作家 三木瑛子さんの談。以下「  」内は三木さんのコメント) 

【作家三木瑛子さんにとっての金属、鍛金の魅力】 

鍛金とは金属を打ち伸ばしたり曲げたりして工芸品を作る技法です。まさに読んで字の如く、さながら金属を鍛錬するかのような力強いイメージがあります。 鍛金作家、三木瑛子さん。彼女の華奢で神秘的な容姿と”鍛金”というワードを結びつけるのに少々時間を要しました。 

——金属や鍛金の魅力についておしえてください。

 「私がなぜ”金属”に惹かれるかと言いますと、金属という物質にエネルギーを感じるからなんです。金属と向き合うことで自分の持てる力を振り絞り、作品に自分自身から溢れるエネルギーを込めていくイメージで制作に取り組んでいます」 

高校生の頃から様々なジャンルの美術展を見て回り、自分は工芸家を目指したいと思い始めた三木さん。 高校卒業後の進路を考えるにあたり、どれか照準を定めなければと考え始めた時、自分には造形が合ってると気づきます。 

「金属って色んな表情を持っているんです。アクセサリーのように繊細で小さなものから空間を作り出すような大きなことも出来る。細くても小さくても力強いし、キラキラしていたり渋かったり、同じ物質でも本当に様々な表情を持っていて、いつの間にか金属の虜になっていました」 


【東京藝大上野の森からドイツへの留学で学んだこと】
 ——2012年東京藝術大学工芸科鍛金をご卒業。

2013年ドイツ・ハレ Burg Giebichensteinに留学され、そして2015年に東京藝術大学大学院 美術研究科工芸専攻鍛金 修了というご経歴です。 東京藝大やドイツで学ばれたことについてお話ししていただけますか? 

「大学時代は伝統的な技法をたくさん学びました。どうやったらこの金属を加工出来るか、など基礎的なことを習得する良い機会を得ました。修士課程の一年間を使ってドイツに渡り、あまりにも自由なアートの世界に触れ、ここで私の幅が広がったと思います。それまでは、金属を金槌で全て叩き切るように、完全に”コントロール”することが正しい、と思っていたのですが、ある時、ドイツの学校の先生から『エイコ、金属が今ふわっとなってるその自然な感じが素敵じゃない』と言われてハッとしました。素材の全てに手を入れてこそ完成、と思い込んでいましたが、自然にというか偶発的に出来上がったこのヒラヒラが可愛いかも、と。以前までは”途上”=“未完成”としていた段階でも、その状態を活かして美しく仕上がれば、それが完成なんだな、と思えるようになりました。これは大きな気づきでした」 

ドイツでの経験を経て、三木さんは、

「元々、金属も自然物の一つなので、なるべく生き物のように扱いたい」と思うに至ります。


 ——冒頭では”鍛金”という技法に関する所感を伺いましたが、今度は”金属”そのものの魅力についておしえてください。

 「金属は、飽きない存在です。金や鉄、銅、ステンレス、アルミなど金属と一括りにしても様々な素材があります。同じインゴッド(*1)でも鉄と銅では量が違うし、熱して柔らかくなっていく過程やその柔らかい状態の持続時間にもそれぞれ差があります。だから加工する時にそれぞれの金属ごとで手法が異なります。本当に”素材”って大きな存在だなと思います」

 三木さんが大切にしているのは、日々、金属と向き合い、対話しながら作品を作り上げていくことです。 最初から全てをコントロールせず、イマジネーションの幅を広げ、思い描いたものを現実の形にしたらどうなるだろう?と繰り返し考え続けることが、創作の原動力になっているようです。 

「例えば銅を高温で熱すると、段階に応じて様々に変色します。それぞれの変化の様子はうっとりするほど綺麗なんです。鉄に至っては、普段あんなにカチカチに硬いのに、やはり高熱を加えると太陽のように黄色いオレンジに発色します。その時って、もう本当に柔らかくなってて、私がちょっと何かすると変わっちゃう。あんなに硬くて冷たかったものが、すごく繊細で無抵抗な感じになるんです。金属の表情が変わっていくのを見てるだけでも幸せ!」 


【パンデミックで気づいた大切なこと】 

——作家となってから挫折を経験したことはありますか?挫折まで行かずとも創作意欲が湧かなくなってしまったり、前向きになれないといったことはありましたか? 

「挫折、とは思いませんが、パンデミックの時期は今思えばキツかったかも。ただでさえ工房で作業している時は大体一人なのに、コロナ禍で旅に行けない。だから新しい出会いもない。あの時は心が動かなくなってしまったように感じました。それまでそんなこと無かったんですが、”心”っていう身体的な機能が仮に臓器のように存在していたとして、まるでその心が機能停止してしまったような。次の旅を楽しみにワクワクと高揚する気持ちが私の仕事へのモチベーションに直結してきましたし、今もそうです。いかに私は旅から生きる力を得ていたか、を身をもって感じました」

 ——作品作りで心掛けていることやご自分なりの流儀はありますか? 

「私は最初から作ろう!と決めて取り組むことがあまり多くありません。どちらかと言えば物と向き合い、その制作過程で色々考えながら作り上げていくことが多いんですね。金属のように硬い物質を加工していくと、その表情が徐々に変わってくる面白さがあります。一旦完成形としてギャラリーに展示しても、ちょっと違うな、と思ったら部分的に切ったり繋ぎ合わせたり再加工して新たな作品が出来ますし、そういう点では金属って硬いけれど、やり方次第では融通の利く素材なんですよ」 

——子供の頃から何かを創作することには興味があったのでしょうか? 

「小さい頃からよく絵を描いていました。今でも、一旦集中し出すとそのことが頭から離れずに目処がつくまでずっと考える癖があります。これは子供の頃からずっとそう」 

小学生のある時、三木さんは絵を描くよりも工作に興味を持ち始めます。自分で材料を探してきては、何か作り上げる日々を過ごしていました。

 「印象的に覚えているものとしては、ワイヤーと毛糸を使って花を作ったんですよね。考えてみれば今と作風変わらないですね(笑)」 


【”旅”それは私の人生そのもの・・・】 

三木さんは作家活動の傍ら、全国各地のホテルやマンションなどに設置する造作のオファーにも対応しています。 

ホテルのスイートルームやVIPスペースに装飾されるものもあって、稼働後に実物を見られないケースもあります。クライアント様から求められた空間を実現出来るような表現を目指しています。私が作ったけれど、私のものではない。ちょっと不思議な感覚ですね。旅が好きなんで、いずれ全国各地を旅しながら設置場所を訪れて、どういう風に建物に収まっているのか見てみたいです」 

——三木さんにとって、旅とはどういうものですか? 

「私の人生のテーマが”旅”そのものかもしれません。高校生の時、アメリカに留学する機会がありました。異なる文化やアメリカに住んでいる人々を目の当たりにして、とてもカルチャーショックを受けました。日本に居る時には想像しなかった考え方や物の見方に出会ったんですよ」 

テレビや映画などで目にするアメリカ、そして実際に現地へ赴き、肌で感じたアメリカとはかなりの相違がありました。 世界の各地にある現実や諸問題、それらの因果関係は単純なものではなく、人々の思いや良し悪しの判断基準は地域によって様々です。三木さんはこの時から漠然とこう考えるようになります。 

「私たち人間は何なんだろうか?この世界ってどうなっているの?私たちはどこから来てどこに向かっているの?皆こんなに違うのに何か繋がるすべがあるのだろうか?何か共通点が見出せないのか?当時の私はまとまりのない状態で、様々な思いが頭の中を駆け巡っていました」 

自問自答を繰り返しながら時が経過し、ある時三木さんは一つの仮説にたどり着きます。

 「私たちが大切にするテーマは、大自然が教えてくれるのではないか?そもそも私たち人類は”自然”から生まれてきたわけで、その中に何かしらの普遍的な法則やより良い社会へ導びいてくれるアイデアがあるのじゃないか?そんな風に考えるようになったんです」


【南米への旅を経て見出された自然を敬う気持ちとは?】 

三木さんの住む千葉県市川市は、東京駅から電車で約15分の立地にある都市型の地域です。 都会に生まれ育ち、自然そのものをあまり理解出来ていないと認識し始めた三木さんは、自然豊かな環境に触れたい気持ちが膨らんでいきます。

 「2019年にコロンビアで個展を開く機会に恵まれました。これがきっかけとなり、私は南米に強く興味を抱くようになります。そしてコロンビアだけでなくメキシコにも訪問しました。初めて訪れた南米コロンビアでは原住民の方々と交流することも出来ました」

 コロンビアに特化すれば、ここ10年ぐらいの間で治安はだいぶ改善されてきた感覚があると三木さんは言います。 

古くからコロンビアの地に住んできた彼ら原住民の考え方や権利を尊重する風潮が高まり、国内でのコロンビア人同士のコミュニケーションが豊かになったと聞きました。何かここにヒントがあるように私は思えました」 

コロンビアを始め南米のアートは色彩豊かで自然や思想をモチーフとした作品が多くあります。先住民の伝統、植民地時代の影響、多様な民族の融合、そして現代社会の問題など、様々な要素が複雑に絡み合い独特の美術や文化を形成しています。コロンビアやメキシコのアートが持つ多様性と奥深さにいつしか三木さんは惹かれていきます。 

——コロンビアやメキシコへ実際に足を運び、現地のアートについて感じたことを聞かせてください。 「一言で言えば尊敬の念が芽生えました。例えばコロンビアの原住民の人たちは、自然の中から素材をもらい、工芸品を作って生計を立てていたりします。決して必要以上の量を自然から奪うことなく、その循環の中で共存している。自分で触って、経験して、生活を豊かにしていく。このサイクルがとても美しいな、と私は思いました」 

物がどこから来ているのか?という原点を知った上でものづくりに携わること。 いつしかこれが三木さんの作家としての信条となっていきます。 

 「何というか・・・、ものづくりをするとか作家であるという肩書きの前に、平和を願って行動する一人の人間でありたいと思い続けています。旅を通して、私自身が美しいと感じるものは、人や文化、自然の多様性と密接に関わっていることに気づきました。そうして私が感じたことを書き留めるかのように創作活動をしていきたいです。私のアート作品は、私自身の日記のようなものかもしれません」 

——もし次回作が人生最後の作品になるとしたら、どのようなものを作りたいですか? 

「大きな作品を作りたいですね。5mぐらいあるような空間。大きな造作ってまだ私がやり切れていないところなんです。具体的にどんなものか、と問われると抽象的なことしか今は言えないのですが、見上げるような、私が綺麗だと思う金属の美しさを考えつく限り全て取り入れた、そして幾つもの旅で感じてきた美しいものや美しい精神を表現するような。そんな大作です」 

「美しいもの、とは必ずしも目に見えているものだけではない」と三木さんは強調します。 「南米の山奥に住む原住民の生活には物が少ないです。でも彼らは自然と共存しながら豊かに暮らしているように見えます。集落の人々との繋がりやご先祖様との繋がりをもって。そういう豊かな精神性を私は大事なものとして捉えていきたい。見えないものを感じ取り、それを形にする表現を続けていきたいというのが私の目指すところです」 学生を終えたある日、三木さんは「一生何かを作り続けていきたい」と決意します。 作り続けるためには、モチベーションを絶えず維持する必要がある。だから簡単に成し遂げられる目標であっては情熱を持ち続けられない。 「そうだ。簡単にはたどり着けない大きなテーマを持ち続けることが大切だ」 そこで彼女が心がけたのは、「いい社会にするための”一人”でいたい」という純粋な気持ちでした。 「自らが紡ぎ出すアートを通して誰かが熱い気持ちになってくれたり、穏やかで落ち着いた気分になってくれたり。アートによって人と繋がることそのものが他者へ豊かな何かをもたらし、ひいては自分自身も満たされる。そんなサイクルが循環するに連れて、良い社会の実現に少しでも寄与していきたい」 いつしか三木さんはこう思うようになりました。 

【2025年は地元市川市で個展を開催予定】

 ——来年(*2)、2025年9月には市川市の支援による個展が芳澤ガーデンギャラリーで開催されると伺いました。どのような展示を考えているのか、現時点で分かっていることをおしえてください。

 「私の地元である市川市文化振興財団からご支援いただくのは大変ありがたく光栄なことです。まずは感謝を述べたいと思います。作品は大小あるので、展示の点数などはまだ決まっていません。構想中の未着手なものもあれば、制作過程にあるもの、一先ず完成しているもの、と大別されます。ただ飾るというだけではなく、流れを作り、観ていただく方々にテーマやストーリーを感じていただけるコンセプトにしたいです。今から気合い入ってます!!」 

三木さんの作品に共通する特徴は、どれも観ていて明るい気持ちにさせてくれることです。芸術は作る人の心を映すものであり、彼女が世の中をポジティブな方向に導きたいと願う気持ちが、作品そのものから溢れているような気がします。 

(2025年9月からの個展詳細が決まりましたら、本文にURLなど情報追記する予定です。) 

「美しいものを探りに行きたい」と目を輝かせる鍛金作家、三木瑛子さん。 彼女の手から産まれる芸術は、まだ旅の途上にあります。

                                                                                 -完- 



【鍛金作家 三木瑛子 略歴】 

1986 千葉県市川市生まれ 

2012 東京芸術大学美術学部工芸科 鍛金専攻 卒業 2013 ドイツ・ハレBurggiebichenstein美術学校留学 2015 東京藝術大学大学院美術研究科 工芸専攻 鍛金 修了 

2019 個展『En Medio de la Travesía -旅の途中で-』《ARCOT/Museo Casa Grau/ボゴタ, コロンビア》 

2019 個展『太陽にうたう』《Galerie H/東京》~2022年まで毎年開催 

2023 個展『風の鼓動が響く』《市川市木内ギャラリー/千葉》 

2024 市川市文化振興財団 芸術文化奨励賞 受賞 

【三木瑛子よりコメント】 南米コロンビア各地に住む原住⺠の文化に触れ、その壮大な世界観/宇宙観に惹かれています。何千年も積み重なってきた知恵を受け継いで大自然を感覚的に熟知する彼らの深い精神性は、見えているものより見えないものを大切にすることで人が”豊か”になることを私に教えてくれます。人と自然が育んできた美しい物語に想いを馳せ、人、文化、自然の多様性への賛美の気持ちを込めて、私が感じたことを書き留めるかのように作品を生み出したいと思っています。 

【注釈】 ※出典:広辞苑、Wikipediaなど (*1)インゴッド:溶かした金属または合金を鋳型に流し込んで固めたものを指す。日本語では「鋳塊(ちゅうかい)」や、特に金や銀などの貴金属の場合は「延べ棒」とも呼ばれる。 (*2)インタビュー実施が、2024年10月だったため「来年」の表記。


---インタビュアー,ライティング,雄市----


                ※ 画像、文章等の無断転載を禁止します。


企画 構成 編集


©️藤峯美術




このブログの人気の投稿

作曲家 北野 善知

木彫刻師 仏画師 菊池 侊藍

日本画家 丹羽 優太